社長の疑問
「現場は欠品が怖いと言い、経理は在庫を減らせと言う。結局、いくら持つのが適正なのか」
「在庫は月商の1ヶ月分と聞くが、うちの商品にも当てはまるのだろうか」
「海外から仕入れる商品が増えて、倉庫にも資金にも重い。どこまで減らせるのか」
社長が知りたいのは在庫の理論ではなく、来月の発注で品目ごとに何個買い、そのために現金がいくら寝るのか、現場と経理のどちらの言い分を採るのか、です。
同じ「適正在庫」でも、仕入先の納期、1回に買う最低ロット、需要の振れ、欠品したときの損失、会社が在庫に回せる資金で答えが変わります。この記事では品目ごとに数量と金額を決める手順を整理します。
結論:品目ごとの必要数量を決め、原価で合計する
適正在庫に、どの会社にも当てはまる月商倍率はありません。納期、需要の振れ、欠品の影響から品目ごとの数量を決め、その数量に原価を掛けて金額へ直します。 最後に、会社が負担できる資金と照らします。本文の例では、同じ会社でも国内品の平均在庫は月間売上原価の約0.4ヶ月分、海外調達品は約3.8ヶ月分と、10倍近く違います。
結論を左右するのは次の要因です。
- 発注してから使えるまでの納期
- 仕入先の最低ロットと発注頻度
- 需要の振れと納期遅れに備える予備の数量
- 仕入代金の支払時期(前払いか掛けか)
全社の在庫金額を先に一律削減すると、よく売れる商品まで不足します。現場と経理の対立は、同じ「在庫」を現場は個数で、経理は金額で見ていることから起きます。品目ごとに個数と金額を両方並べれば、どちらの心配も一枚の表で扱えます。まず金額の大きい10品目から始めてください。
なぜ、売上だけでは必要在庫が決まらないのか
同じ月間100個売れる商品でも、翌日補充できるものと、海外から届くまで2ヶ月かかるものでは必要量が違います。一定数が毎日売れる商品と、月末に注文が集中する商品でも違います。
さらに、最低発注量が大きい商品は、入荷直後だけ在庫が膨らみます。平均在庫と最大在庫を混同すると、必要な資金を小さく見積もってしまいます。
具体例:発注点と平均在庫を分ける
架空の商品で、1日10個売れ、発注から到着まで10日、予備として30個持つとします。需要が一定なら、発注を判断する目安は10個×10日+30個=130個です。
ここでいう130個は、常に倉庫へ置く数量ではありません。実務では、手元在庫に発注済みで未入荷の数量を足し、引き当て済みの数量を引いた数量が130個を下回ったら発注します。手元在庫だけで判断すると、重複発注が起きます。
1回の発注量が200個なら、単純化した平均手元在庫は200個÷2+30個=130個。原価が1万円なら平均130万円です。入荷直後の最大は概算230個、230万円になります。今回は発注点と平均在庫が偶然同じですが、意味は異なります。
30個の予備は説明用の仮定で、一律の推奨量ではありません。売れ行きの変動や納期遅れがある会社では、実績の振れを反映します。
もう1品目:海外調達品で同じ計算をする
同じ会社の別の商品(品目B)で計算します。1日5個売れ、海外から届くまで60日、予備を120個持ち、仕入先の最低ロットは900個、原価は8,000円です。発注点は5個×60日+120個=420個、平均在庫は900個÷2+120個=570個(456万円)、入荷直後の最大は1,020個(816万円)です。
| 項目 | 品目A(国内) | 品目B(海外) |
|---|---|---|
| 納期/1回の発注量 | 10日/200個 | 60日/900個 |
| 発注点 | 130個 | 420個 |
| 平均在庫 | 130個・130万円 | 570個・456万円 |
| 最大在庫 | 230個・230万円 | 1,020個・816万円 |
| 平均在庫÷月間売上原価 | 約0.4ヶ月分 | 約3.8ヶ月分 |
品目Bは月の売上原価(120万円)が品目A(300万円)の半分以下なのに、平均在庫は3.5倍、入荷直後には816万円が一時的に倉庫に眠ります。「在庫は月商の1ヶ月分」と一律に決めると、品目Aは過剰になり、品目Bは欠品します。
金額に直したら、支払いの時期も重ねる
資金負担は在庫金額だけでは決まりません。品目Bを900個発注すると仕入代金は720万円で、海外仕入で前払いなら、商品が届く2ヶ月前に出ていきます。届いてから売り切るまで約6ヶ月かかるので、現金が出てから戻るまで8ヶ月以上です。品目Aが国内の掛け仕入なら、支払いの翌月には回収が始まります。
品目ごとに「最大在庫の金額」と「その支払月」を資金繰り表に入れると、在庫が資金繰りに与える影響が月単位で見えます。複数の海外調達品の入荷月が重なる月は要注意です。
発注を小分けにしたときの損得
品目Bの発注量を900個から450個に減らせると、平均在庫は450個÷2+120個=345個、276万円になり、180万円の資金が浮きます。ただし発注回数が年2回から4回に増えるので、送料が1回5万円なら年10万円、単価が2%上がるなら年間仕入1,440万円に対して約29万円、合計約39万円のコスト増です。
浮いた180万円を借入でまかなっているなら金利と比べ、手元資金が薄いならコスト増を払ってでも小分けにする価値があります。資金に余裕があるならまとめ買いの方が得です。判断の目安は一律ではなく、自社の資金状況で変わります。
自社で見るポイント
- 売れ筋で欠品の影響が大きい品目はどれか。
- 仕入先の標準納期と、実際に遅れた日数はどれくらいか。
- 最低ロットと発注頻度を変えられるか。
- 季節品、受注専用品、保守部品を通常品と分けているか。
- 使用期限や仕様変更によって価値が落ちる品目はないか。
全社の在庫日数を見る場合は、原価ベースの平均在庫を、同じ期間の1日当たり売上原価で割ります。売価と原価を混ぜないことが重要です。全社平均が改善しても、特定品目が滞留していることはあります。
販売数は売上明細の直近3〜6ヶ月、納期は仕入先の納期回答と実際の入荷日、最低ロットは見積条件、原価は仕入単価表から取ります。納期遅れの記録がない会社は多いので、まず上位10品目だけでも発注日と入荷日を残してください。予備数量の根拠は、この記録から出ます。
仕入先との条件交渉で見直せるもの
最低ロットの引き下げ、分納、納期の短縮は、資金負担を直接減らします。交渉の材料は年間の発注見込み数量です。「年間1,800個を買う前提で、1回450個の分納にしてほしい」と数量を示せば、仕入先も計画を立てやすくなります。
支払期日の延長も資金負担を減らしますが、仕入先が取適法(旧下請法)の対象になる中小の受託事業者なら、支払期日の延長や一方的な代金の引き下げは法律で制限されます。条件を変えるときは文書で合意し、対象になるかは顧問税理士や弁護士に確認してください。
在庫水準のチェックリスト
- □ 上位10品目の販売数・納期・ロット・予備を確認した(在庫・売上明細)
- □ 発注点の判断に発注残と引当済み数量を含めている(発注残一覧・受注残)
- □ 平均在庫と入荷直後の最大在庫を原価で金額にした(在庫表・仕入単価表)
- □ 最大在庫の仕入代金の支払月が資金繰り表にある(資金繰り表・支払条件)
- □ 半年以上動きのない品目の金額を把握している(在庫明細・最終出荷日)
引っかかった項目の対処は、次の「よくある間違い」で説明します。
よくある間違い
「在庫は月商の1ヶ月分」と一律に決めることです。納期が違う商品に同じ安全在庫率を使うと、欠品と余剰が同時に起きます。
もう一つは、予備数量を現場の感覚だけで決めることです。欠品を経験した担当者ほど予備を多く積みますが、根拠は納期遅れと需要の振れの実績にあります。上位10品目の記録を3ヶ月取れば、予備が多すぎる品目と足りない品目が分かります。
資金繰り表に最大在庫の支払いが入っていないなら、入荷月に支払いが集中して現金が足りなくなります。海外調達品の発注時期をずらすか、運転資金の借入枠を先に確保してください。
銀行に「在庫が多い」と言われたら
銀行は試算表の在庫金額を売上と比べて「在庫日数が長い」と見ます。全社平均ではなく品目の条件で答えられれば、多い理由が「必要な水準」なのか「滞留」なのかを銀行が区別できます。在庫が前年より増えた理由の説明は、関連記事「在庫が増えるとなぜ現金が減る?」にまとめています。
| 聞かれること | 答え方 |
|---|---|
| 在庫日数が同業より長いようですが | 海外調達品が6割で、納期60日とロットから計算した必要量です |
| この水準は適正ですか | 上位10品目ごとに発注点・平均・最大在庫を原価で出しています |
| 減らす余地はありますか | 品目Bの分納で平均在庫を180万円減らせます。交渉中です |
| 入荷月の支払いは大丈夫ですか | 支払月は資金繰り表に入れ、重なる月だけ運転資金の枠を使います |
面談前に用意する資料
- 上位10品目の一覧(販売数・納期・ロット・予備・発注点・平均在庫・最大在庫)
- 在庫金額の月次推移と、半年以上動きのない品目の金額
- 最大在庫の支払月を入れた資金繰り表
- 仕入先との条件交渉の状況(分納・ロット変更の予定)
次にやること
まず在庫金額の大きい10品目で、販売数量、納期、発注ロット、予備数量を確認します。月平均の金額と入荷直後の最大金額を計算し、発注を小分けにした場合の資金削減と送料・単価上昇を比較してください。
この10品目の表ができたら、現場と経理で同じ表を見ながら、品目ごとに「減らせる」「減らせない」を決めてください。全社の在庫目標を先に決めるより、この方が早く、欠品も起きにくくなります。

よくある質問
Q. 現場は欠品を怖がり、経理は在庫を減らせと言います。どちらが正しいのですか?
A. どちらも一部正しく、対立の原因は全社一律の目標です。品目ごとに「1日の販売数×納期+予備数量」で発注の目安を決め、平均在庫と入荷直後の最大在庫を原価で金額にすれば、減らせる品目と減らせない品目が分かれます。その表を現場と経理で共有してください。
Q. 適正在庫を見直すとき、最初に何から始めればよいですか?
A. 在庫金額の大きい上位10品目について、販売数量、仕入れの納期、最低発注量、予備数量を確認します。全品目を一度に見直す必要はありません。上位10品目で在庫金額の半分以上を占める会社が多く、そこを直すだけで効果が出ます。
Q. 予備数量(安全在庫)はどう決めればよいですか?
A. 納期遅れの実績と、需要の振れの実績から決めます。たとえば納期が最大10日遅れたことがあり、1日の販売数が最大で通常の1.5倍になるなら、その分をカバーする数量が根拠になります。記録がない場合は、まず上位10品目の発注日・入荷日・日々の販売数を3ヶ月記録してください。
Q. 在庫日数は何日くらいが目安ですか?
A. 業種や調達先で大きく違うので、一律の目安はありません。国内で翌日補充できる商品と海外調達品では、同じ会社でも10倍以上違うことがあります。見るべきは自社の前年との比較と品目ごとの計算結果で、同業の水準は顧問税理士が持つ業種別データで確認できます。
手元資金チェック
欠品を防ぎながら、在庫に使う資金を減らせないか、60分の無料相談で確認します。主要商品の販売、納期、発注単位をもとに、必要量と見直す品目を整理します。
