社長の疑問
「現場から設備を買いたいと言われた。回収年数は悪くなさそうだが、何を確認して承認すればいいのか」
「稟議には買う案しか書いていない。改修や外注では本当にだめなのか」
社長が知りたいのは回収年数の計算式ではなく、この稟議に判を押す前に何がそろっていれば安心で、何が足りなければ差し戻すべきか、です。
同じ「設備投資の承認」でも、受注が内示済みか引合い段階か、改修や外注で代替できるか、投資後の現預金が最低ラインを割らないか、立上げ期間はどれだけか、で答えは変わります。この記事では承認前に確認する5項目と比較表を整理します。
結論:投資案を、代替案と承認条件まで一枚で比べる
承認前に確認するのは、総支出、年間の現金効果、効果が出始める時期、悪化時の最低資金残高、代替案との差の5つです。本文の架空例(新設備6,000万円で年1,500万円の効果、改修2,000万円で年600万円)では、需要が計画どおりなら新設備、半分なら改修が有利になり、判断は設備の良し悪しではなく受注の確からしさで決まります。承認とは「買う」と決めることではなく、「この条件がそろったら発注する」と決めることです。
結論を左右するのは、現金効果の根拠が内示済みの受注か営業の見込みか、改修・外注・段階導入・見送りと比べた差、投資後の最低残高、撤退ラインと発注しない条件を数字で書けるか、です。
だから、稟議を「承認か否か」で返すのをやめ、条件付き承認と発注の二段階に切り替えてください。回収年数の計算は関連記事「設備投資は何年で回収できればいい?」に譲ります。
なぜ、計画上は得でも買うべきとは限らないのか
現場の希望は「能力が上がる」「人手が減る」と表現されがちです。しかし、生産能力が増えても注文がなければ売上は増えません。作業が短くなっても、給与が変わらず空いた時間を活用できなければ、現金支出は減りません。
さらに、今の設備を修繕する案や一部外注する案の方が、少ない支出で目的を達成できる場合もあります。購入案だけでなく、何もしない場合を含めて比較すると、追加で得る効果が見えてきます。
現場から上がる稟議は「買う案」しか書いていないのが普通です。改修案や外注案は現場の手間が増えるので、社長が求めなければ比較表に載りません。
具体例:増産設備と小規模改修を比較する
架空の製造会社が、追加受注に対応する方法を検討しています。以下の効果は、追加売上から材料費・保守費等を差し引いた税引前の概算です。資金調達の影響は含めていません。
| 確認項目 | 新設備 | 既存設備の改修 |
|---|---|---|
| 工事等を含む初期支出 | 6,000万円 | 2,000万円 |
| 稼働後の年間現金効果 | 1,500万円 | 600万円 |
| 効果の開始 | 半年後 | 2ヶ月後 |
| 対応できる需要 | 大きい | 上限あり |
| 需要が半分の場合 | 効果を再計算 | 効果を再計算 |
単純に割ると、回収年数は新設備が4年、改修が約3.3年です(稼働までの期間は含みません)。ただし、新設備の効果を初年度から1,500万円と置くと、立上げ期間を見落とします。また、受注が確約されていなければ、能力の大きさをそのまま価値とみなせません。税金、追加運転資金、更新費用も加え、使用期間全体で比べます。
同じ表に「悪化ケース」と「撤退ライン」を足す
上の表を承認できる形にするには、悪化ケースと撤退ラインの行を足します。改修案は追加需要の半分までしか対応できない、という前提です。
初年度の現金効果は、立上げ期間を含めると新設備が750万円(半年稼働)、改修が500万円(10ヶ月稼働)です。需要が半分なら、新設備の年間効果は750万円に落ち、単純回収年数は8年に延びます。改修は上限内なので600万円のまま、約3.3年です。立上げが3ヶ月遅れると初年度効果は新設備375万円、改修350万円です。逆に需要が計画どおりなら、改修案は年900万円の効果を取りこぼします。
需要が計画どおりなら新設備が有利で、半分なら改修が有利です。つまりこの判断は「設備の良し悪し」ではなく、受注の確からしさをどこまで信じるかで決まります。内示が出ている受注だけで改修案の上限を超えているなら新設備、まだ引合いの段階なら改修か段階導入、というように、承認条件を受注の確度に結びつけます。
そのうえで、撤退ラインと発注しない条件を承認時に数字で書きます。新設備なら「稼働12ヶ月時点の月次効果が75万円未満(年900万円相当)なら追加投資を止め、転用・売却を検討」、「内示済みの受注が改修の上限を超えていない、総額が6,600万円を超える、融資が決まらない、のどれかなら発注しない」。改修なら「6ヶ月以内に受注が上限に達したら新設備を再検討」、「見積が2,200万円を超えるか、改修後の能力が内示分に足りなければ発注しない」です。総額上限は見積の1割増しを目安に置きます。基礎工事・電気工事・教育・試運転の材料費は後から出てくることが多く、上限を超えたら再承認に戻すと決めておくと、現場が上限内に収める工夫をします。
資金面は「投資後の最低残高」で見る
この会社の現預金が1億円、月の支払い(仕入・給与・返済・税金)が4,000万円だとします。新設備を自己資金で払うと残高は4,000万円になり、月の支払い1ヶ月分しか残りません。賞与月や納税月が重なれば足りなくなります。この場合、新設備を選ぶなら借入が前提で、設備資金の融資は支払い前に申し込む必要があります。改修なら残高8,000万円で、自己資金でも回ります。
投資後に最低いくら残すかは会社によって違います。自社の資金繰り表で過去2年の残高が最も低かった月を確認し、その水準を下回らないことを条件にしてください。
自社で見るポイント
承認資料には、次の五つを記入します。
- 総支出:見積書と、見積りに含まれない工事・教育等。
- 現金効果:数量、単価、削減できる支出の根拠。
- 時期:発注、支払い、設置、検収、安定稼働の予定。
- 下振れ:受注減、稼働遅延、費用増でも会社の支払いが続くか。
- 比較:修繕、外注、段階導入、見送りとの差。
数字の出どころも決めておきます。総支出は見積書と設置場所の図面、現金効果は引合い一覧と現行設備の稼働率表、時期は納期回答と工程表、下振れは投資後の支払いと返済を入れた12ヶ月の資金繰り表、比較は改修と外注の見積です。そろっていない稟議は、承認ではなく「資料の追加依頼」で返します。
減価償却の方法や税制上の優遇を使えるかどうかで、税引後の効果は変わります。ここは断定せず、承認前に税理士に確認してください。
承認前チェックリスト
- □ 改修・外注・段階導入・見送りを本命案と同じ表で比べた(各案の見積)
- □ 現金効果の根拠が今の設備で対応できない受注に限られる(引合い一覧)
- □ 需要が半分でも投資後の最低残高を割らない(12ヶ月資金繰り表)
- □ 「発注しない条件」と「撤退ライン」を数字で書いた(承認資料)
- □ 稼働後3ヶ月・6ヶ月に実績を見る担当者と数字を決めた(承認資料)
よくある間違い
既存設備でも得られる売上を、新設備の効果にすべて含めることです。また、すでに払った調査費を取り戻したいという理由で、追加投資を続けるのも避けたい判断です。これから出すお金と、これから得る効果を比較します。
もう一つは、承認と発注を同時にすることです。承認の時点では見積が1社だけ、受注は引合い段階、融資は未申込み、という状態が珍しくありません。承認を「条件付き」にし、条件がそろった時点で社長が発注書に印を押す、と二段階にしてください。最低残高を割るなら、投資額を縮めるか、返済期間の長い借入で支払いを分散させます。撤退ラインが書けないなら、効果の根拠が曖昧だという合図です。
銀行に相談するときに聞かれること
借入で投資するなら、銀行は投資案そのものより「なぜその案を選んだか」と「外れたときにどうするか」を聞きます。承認資料の比較表がそのまま答えになります。
| 聞かれること | 答え方 |
|---|---|
| 改修ではなく新設備にした理由は | 「内示済みの受注だけで改修の上限を超えている」 |
| 受注はどの程度確実か | 「3社中1社は内示済み。内示分だけで年750万円の効果」 |
| 需要が半分になったら返せるか | 「効果は年750万円に落ちるが、最低ラインは割らない」 |
| うまくいかなかったらどうするか | 「稼働12ヶ月で月次効果75万円未満なら止めて転用・売却」 |
コツは効果を大きく見せないことです。銀行は「計画どおり」より「外れても払える」を確認したいので、悪化ケースを自分から出す社長の方が信用されます。
面談前に用意する資料
- 本命案と代替案の比較表(悪化ケース・撤退ライン・発注しない条件)
- 見積書一式(本体・工事・教育を分けたもの、できれば複数社)
- 引合い一覧・内示書・受注残
- 投資後の支払いと返済を入れた12ヶ月の資金繰り表
次にやること
承認前に「この条件が満たせなければ発注しない」を決めてください。例えば必要受注量、総予算上限、資金調達の成立です。稼働後3ヶ月・6ヶ月に実績を確認する担当者も決め、見込みと違った場合の対策まで承認資料に残します。
今すぐできるのは、現場から上がっている稟議に、悪化ケース・撤退ライン・発注しない条件の行を足すことです。埋まらない行があれば、それが承認前に確認すべき点です。

よくある質問
Q. 現場から「今発注しないと納期に間に合わない」と急かされています。条件を決める時間がありません
A. 発注期限から逆算して、それまでに埋める条件を絞ってください。最低限、内示済みの受注量、見積に含まれない費用の有無、投資後の最低残高の3つです。この3つが埋まらないまま発注するなら、それは投資ではなく賭けです。納期を理由に条件を省くと、次の稟議も同じ形で上がってきます。
Q. 承認後に見積が上がりました。承認し直す必要がありますか?
A. 承認時に決めた総額上限を超えていれば、承認し直します。上限内なら担当者の判断で進めて構いません。上限を決めていなかった場合は、上がった分だけ回収年数が延びるので、悪化ケースで最低残高を割らないかだけ確認してください。
Q. 見積が1社しかありません。それでも承認できますか?
A. 特注品で1社しか作れない場合はあります。その場合は、見積の内訳(本体・工事・教育)を出してもらい、工事だけでも別の業者から見積を取ります。比較する相手がいない見積は、上限を決める根拠になりません。
Q. 回収年数が悪くないのに、承認をためらうべき場合はありますか?
A. 効果の根拠が引合いではなく「営業の見込み」だけの場合と、投資後の現預金が自社の最低ラインを割る場合です。回収年数は前提しだいで変わるので、その前提が何で裏付けられているかを先に確認します。改修・外注・見送りと比べて差が説明できないときも、いったん戻します。
投資判断チェック
その設備を買う案だけで検討していませんか。見積書と効果の根拠をもとに、改修・外注・段階導入を含めて比較し、発注前に確かめる条件を整理します。
