社長の疑問
「子どもは会社を継がない。社内にもすぐ任せられる人はいない」
「後継者がいないなら、もう廃業しかないのだろうか」
社長が本当に知りたいのは、廃業以外の道が自社に残っているか、残っているなら何年前から何を始めれば間に合うか、最後に手元にいくら残るか、の3つです。
同じ「後継者がいない」でも、答えは条件で変わります。退きたい時期まで何年あるか、社長がいなくても営業と銀行対応が回るか、借入と個人保証がいくら残るか、利益が安定しているか。この記事では4つの経路を「年数・手残り・保証」で比べます。
結論:後継者探しと、会社を引き継げる状態にする準備を並行する
後継者が見つからなくても、すぐに廃業を決める必要はありません。親族内承継、従業員承継、第三者へのM&A、廃業の4つを、引退までの年数、税引前の手残り、経営者保証の扱いで並べます。本文の架空例(年商10億円、借入2億円)では、M&Aの手残りが約3億3,000万円、廃業は約6,000万円と、3億円近い差が出ます。廃業も手残りが決まる一つの経路です。その額を知らずに「廃業しかない」と決めるのが、いちばん損な選び方です。
結論を左右するのは、引退までの年数(従業員承継は3〜5年、M&Aは1〜2年+引継ぎ)、社長不在でも会社が回るか、個人保証を外せる条件、直近の利益の安定性です。
だから最初に決めるのは売却価格ではなく、「いつまでに、何を残して、どの役割から退きたいか」です。まず廃業した場合の手残りを計算し、それを物差しに他の経路を比べてください。
なぜ、候補者を探すだけでは進まないのか
経営能力のある社員でも、株式を買う資金を用意できるとは限りません。親族に意欲があっても、主要顧客や銀行が社長個人としか話していなければ、引継ぎには時間がかかります。M&Aも、買い手が現れれば終わりではなく、雇用、商号、引継ぎ期間、借入と個人保証(経営者保証)の扱いを、金融機関を含めて詰める必要があります。
具体例:3年後に退きたい年商10億円の会社
以下は架空の例です。社長は3年後の引退を希望し、工場長には現場を任せられるものの、営業と資金調達は自分が担当しています。
- 役員・従業員への承継:本人の意欲、経営力、株式取得の資金を確かめ、営業・銀行対応の移管と所有・経営の設計を準備する。
- 社外経営者の招聘:任せたい役割と権限、株主として残る意思を確かめ、採用条件、意思決定権、評価方法を準備する。
- 第三者へのM&A:引継ぎ候補の有無、守りたい条件を確かめ、業績資料、契約、社長依存の解消を準備する。
- 廃業:資産を処分して借入等を返した後の手残り(返しきれなければ個人保証が残る)と従業員・顧客への影響を確かめ、返済・退職金・原状回復・在庫処分の費用と日程を準備する。
4つの経路を「年数・手残り・保証」で並べてみる
同じ会社の数字を置いて、経路ごとの違いを比べます。前提はすべて架空、税引前です。年商10億円、税引後利益4,000万円。現預金1億5,000万円、売掛金1億円、在庫8,000万円、機械1億円、土地建物1億5,000万円(資産合計5億8,000万円)に対し、買掛金8,000万円、銀行借入2億円(負債合計2億8,000万円)。純資産3億円。株式は社長が100%保有し、借入2億円すべてに社長の個人保証が付いています。役員退職金は1億円の予定です。
| 経路 | 引退までの年数 | 手残り(税引前の例) | 経営者保証 |
|---|---|---|---|
| 親族内承継 | 5年以上 | 退職金1億円(株式は贈与・相続なら対価なし) | 後継者が引き継ぐか、外す交渉 |
| 従業員承継 | 3〜5年 | 退職金1億円+株式2億円 | 後継者が引き継ぐのが一般的 |
| 第三者へのM&A | 1〜2年+引継ぎ半年〜1年 | 約3億3,000万円 | 買い手が借入を引き継ぎ、解除が原則 |
| 廃業 | 1〜2年 | 約6,000万円 | 完済できれば消える。残額は社長が負う |
M&Aの手残りは、企業価値(EV)を4億円と置き、株式価値=EV−借入2億円+現預金1億5,000万円=3億5,000万円から仲介手数料(例2,000万円)を引いた額です。廃業は、処分価値4億2,000万円(在庫3,000万円、機械2,000万円、土地建物1億2,000万円など簿価より大きく減る)から負債2億8,000万円と廃業費用8,000万円(割増退職金、原状回復・処分費、専門家費用)を引いた額です。従業員承継の株式2億円は退職金支払い後の仮置きで、後継者側が銀行借入で取得する前提です。
見てほしいのは、簿価の純資産3億円が廃業では6,000万円程度まで縮む点です。在庫と機械は動いている会社の中でこそ価値があり、止めた瞬間に安くなるからです。買い手がいる限り、廃業より先にM&Aを検討する理由はここにあります。
ただし、EV4億円は仮の数字で、業種、利益の安定性、社長への依存度、買い手の事情で大きく変わります。株式の譲渡、退職金、贈与・相続では税の扱いが違うので、税引後の手残りは必ず税理士に確認してください。自社株の評価額(相続税評価額)も、M&Aの売買価格とは別の物差しです。
自社の「廃業した場合の手残り」を計算する手順
数字は直近の決算書から取ります。
- 貸借対照表の資産を「今すぐ売ったらいくらか」に置き換えます。現預金と売掛金はそのまま、在庫と機械は処分業者の見積もり、土地建物は不動産会社の査定を使います。
- 負債は簿価どおり全額返すものとして合計します。
- 従業員の退職金(規程+上乗せ分)、原状回復費、処分費、専門家費用を足します。
- 1−2−3が税引前の手残りです。マイナスなら、その分が社長の保証で残る借入です。
この数字があると、M&Aの提示価格を「廃業と比べて」判断できます。
経営者保証はどの経路でも先に確かめる
株式を手放した後に保証だけが残る形は避けなければなりません。保証の扱いは、後継者が引き継ぐ、買い手(または買い手の借換え)で外れる、借入を完済して消える、の3つです。経営者保証に関するガイドラインという枠組みがあり、会社と個人のお金が分かれている、財務内容を開示している、といった条件がそろうと、承継時に保証を外す相談がしやすくなります。保証を外したいなら、「会社と個人の線引き」と「月次の数字の開示」を整え、どの条件なら外せるかをメインバンクに早めに聞いてください。
自社で見るポイント
- 社長が不在でも営業、現場、資金管理が動くか。
- 株主が誰で、承継方針について話し合えているか。自社株の評価額と税負担を税理士と確認しているか。
- 借入、保証、主要契約、許認可に確認すべき条件がないか。
- 守りたい雇用・取引・社名と、譲れる条件が明確か。
- 希望時期から逆算して、候補者育成に何年使えるか。
承継準備のチェックリスト
- □ 社長が1ヶ月不在でも受注・製造・銀行対応が回る(業務分担表)
- □ 全株主と承継の方針を話している(株主名簿・定款)
- □ 借入ごとの残高・担保・保証を一覧にした(借入明細)
- □ 直近3期の実態の利益を出した(税理士の調整表)
- □ 廃業した場合の手残りを計算した(資産の処分見積)
よくある間違い
「社員に継いでほしい」と社長だけで決めることです。本人の意思と家族への影響、株式取得資金まで確認して初めて具体案になります。また、M&Aの最初の提示価格だけで選ぶと、買い手の調査後に条件が変わったり、引継ぎ期間や保証の扱いが希望とずれたりします。
もう一つは、動き出すのが遅いことです。引退の1年前に始めると、M&Aは相手探しの途中で期限が来て、従業員承継は育成の時間が足りず、廃業しか残らないことがあります。表の年数は「準備が始まってから」の目安で、社長が営業と銀行対応を握ったままなら1〜2年足してください。企業価値は直近の利益で決まりやすく、業績が下がり始めてからでは価格も相手も減ります。
相談先で聞かれること
事業承継・引継ぎ支援センター、M&A仲介会社、銀行の初回面談で聞かれることはほぼ共通しています。数字と期限で答えられると、その後が速く進みます。
| 聞かれること | 答え方 |
|---|---|
| いつまでに退きたいか、引継ぎ後も残れるか | 「3年後に退任。その後1年は週2日、営業の引継ぎで残る」 |
| 社長がいなくても会社は回るか | 「製造は工場長。営業上位5社と銀行対応は来年中に移す」 |
| 借入と個人保証はどうなっているか | 「借入2億円、全て私の保証。外す条件を銀行に確認中」 |
| 廃業した場合の手残りは計算したか | 「税引前で約6,000万円。だからM&Aを先に検討している」 |
銀行にはこれに加えて「後継者は誰で保証はどうするか」を聞かれます。決まっていなくても「相談したい」と言えば、承継担当につないでもらえます。
面談前に用意する資料
- 直近3期分の決算書と直近の試算表
- 借入明細(残高・担保・保証の有無・返済予定)
- 株主名簿と定款、実態利益の調整表
- 希望する退任時期、残したいもの、譲れる条件を書いた1枚
次にやること
今週、希望する退任時期、残したいもの、承継候補、社長に集中している仕事を一枚に書いてください。そのうえで、社内承継と外部承継の二案を比較します。公的な相談先として、各都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターも利用できます。
来月までに、廃業した場合の手残りと、借入・保証の一覧を作ります。この2つが「廃業しかない」かどうかを判断する土台です。税引後の手残りと自社株の評価は税理士に依頼してください。

よくある質問
Q. 子どもは会社を継がない。社内にもすぐ任せられる人はいない。もう廃業しかないのだろうか
A. 廃業しかないとは限りません。社内の人に経営を任せて株式は別の方法で引き継ぐ形や、第三者へのM&Aも選択肢です。並行して、借入や個人保証を含めた廃業時の手残りも確認しておきましょう。
Q. 後継者がいない場合、最初に何を決めればいいですか?
A. 売却価格ではなく「いつまでに、何を残して、どの役割から退きたいか」です。親族、役員・従業員、社外の経営者、第三者へのM&Aを比較しつつ、廃業に必要な期間と費用も把握しておきます。
Q. 会社を売ったら、銀行の個人保証は自動的に外れますか?
A. 自動では外れません。保証契約は社長個人と銀行の間の別の契約です。買い手が借入を引き継ぐか完済したうえで銀行が解除に応じて初めて外れるので、株式譲渡契約に保証解除を条件として入れ、契約前に銀行の承諾を取ってください。
Q. 従業員に継がせたいが、本人に株式を買うお金がありません。
A. 後継者が設立した会社が銀行から借りて株式を買う方法、分割で買い取る方法、社長が退職金を受け取って株価を下げてから渡す方法などがあります。税の扱いと融資条件が絡むので、税理士とメインバンクに同時に相談してください。
企業価値・承継相談
後継者がいなくても、すぐに廃業を決める必要はありません。希望する引退時期、雇用、株主、借入の状況から、御社に残る選択肢と今から進める準備を整理します。
